両国国技館

今日、国技館で行われている催し物の出店者として父が上京しているらしく、遊びに来いよと言うので両国へ向かった。

一時間ほど電車に乗る計算なので、お気に入りのオモチャやお菓子など大量にリュックに詰める。帰り寝てしまうかもしれないな…とエルゴも入れる。着替えと、オムツと…リュックがパンパンで既に怠いが、いざ駅へ。

ベビーカーを持っていくかどうか直前まで悩んだが、やっぱりいらないと判断。これまでの経験上無い方がいい。


京王線で新宿まで。ここまではもう何度か来ているので不安もない。

改札を出て駅員さんに中央総武線のホームの場所を訊く。魔境と呼ばれているだけあって新宿駅は、初心者にはレベルが高すぎる。



予め記しておくと娘は移動中終始機嫌が良く、電車の中でも大人しく着席しており、帰りは疲れていたのか立って抱っこを熱望されしんどかったけど外の景色を見て楽しそうだった。駅構内の階段も助太刀不要と言わんばかりに、手すりを使って昇降していた。まだかなり危なっかしいが。


初めて乗る中央総武線。京王線か山手線くらいしか乗らないので新鮮だ。乗客もビジネスマンが多い。景色もなかなかいい。


両国に到着。そういえば中学の修学旅行では確か両国のホテルに泊まった気がする。この駅も使ったような気がする。電車の中にお相撲さんがいて興奮したことを覚えている。


国技館へ。イベントが開催されているだけあって人が多い。
見知らぬ人が多い所にくると怪訝な顔をして抱っこをせがむ娘。今日もそうだった。
しかしご当地ゆるキャラがいくつかいたので助かった。「なんだあれー!」と近寄り、タッチ。バイバイ。


父がいる店へ。人が多くて子供を連れては非常に歩きにくい。

国技館の中は広く、天井を見上げ「きれーい!いっぱい!」と娘。
日の丸と共に、土俵がぶら下がっていた。すごい。
枡席というのも初めて見た。なるほどマスのように四角い席だから枡席というのか、知らなかった。これはいい。



父の顔を見つけ、暫しその場で談笑。地元名産のラフランスを売っていた。上司らしき人が私にラフランスをいくつか渡してくれた。食べたかったので有難い。

一旦マス席へ移動する。父と遭遇して相変わらず怯えて顔を上げることもしなかったが、広い席で嬉しそうにはしゃぐ娘。目下のステージで行われているフラダンスを見て「おどってる!」と楽しそう。


ちょうど昼時だったので、父の店も休憩。一緒にお昼を食べた。ちゃんこを買ってくれた。国技館でちゃんこを食べるなんて、今日はいい日だなぁと思った。



いつも思うのだが、こうやって久々に再会して面と向かっていても、話すことってあまりない。
物心ついた頃からずっとそうで、私達父娘にはそういう微妙な距離感がある。だがお互いに対する愛情がそれなりに深いことも、お互いわかっている。と思う。


話は件の彼女のことへ。
話の流れで、「籍は入れたの?」と尋ねた。

やはりまだだそうだ。
そして見解通り、母国での婚姻制度の兼ね合いで入籍に至っていないとのこと。
裁判所でそれの手続きをとっているらしく、それが済めば入籍すると。

「いつダメになってもいいや、と思って一年やってきたけど、なんとかなってる」

一年前、父は新築を建て、祖母と彼女とその連れ子と4人で暮らし始めた。
だからもはやそこは私の「実家」と呼べるような場所ではない。私が暮らしていたあの家はもう今じゃ別な家族が暮らしているし、弟達も皆家を出ている。私の実家は随分と様相を変えた。それだけでも心許ない気持ちだったのに、それに追い討ちをかけるように彼女は私に「帰ってくるな」と言った。
あぁ本当に、帰る場所がなくなってしまったんだなぁと思った。あの時のやり切れなさは今でも払拭できていない。

父は、板挟みのようになってしまって相当参っていた。
「前以て言ってくれれば…」
「彼女に行ってもいいか直接電話してみたらいいんじゃないか?」
等。
私は一貫して何も言わなかったが、悲しかった。自分の実家なのに、なぜ他人の許可がいるのか。なぜ急な帰省も許されないのか。なぜ私が遠慮しなくてはいけないのか。でも実際遠慮している。何も言わないのもそうだし、帰らないのもそう。だって、そうせざるを得ない。


「籍は入れるけど、子供は養子縁組しない」

理由は単純だった。
「おれは心が狭いんだよ、つくづく思ったね…」

子として可愛がることも、きちんと叱ることもできないのだそうだ。怒ってばかりいると。確かにいつ行ってもそうだ。普段からそうだったんだ。可愛がらなきゃ、とは思えどどうしてもできないらしい。あの子を思うとますますかわいそうで堪らない。

「俺の子供はお前ら3人」と言い切った。
やっぱりそうか。
だから、彼女との子も…




なんと言っていいかわからず、
「でも、男の人ってそうなのかもね。事件になるのもそういうケースが多いし…あと母が再婚したあの人も、私達のことなんてフルシカトだよ。話したこともないし、目も合わさない」

「そうなの?」

「うん。ずっとそうだよ。私も、弟達も」

「もう行かなくていいんじゃない?」

「なんで?」

「行きたいの?」

「行きたいっていうか…まぁ娘の顔見せ程度に考えてたけど…」

「あぁそっか…いや、彼女が、お前が母親のところに行くのが面白くないんだと」

「はぁ?」



理由を聞いたが、全く理解できなかった。

「私のすることはなんでも面白くないみたいだね…」

「いや、そうじゃない」

「じゃあどうしたらいいのよ?」



全く理解ができない。
あの人の頭の中は一体どうなっているのだろう。
私が自分の母親に会いに行こうが行くまいが、そんなの私の勝手でしかないはずだ。あなたにはなんの関係もない話じゃないか。
父が嫌がっているのならまだしも、決してそうじゃない。むしろ別れた直後「会いたい時はいつでも会いに行け」と、そういう約束をした。


なんなんだろう。
私の「継母」にでもなりたいのだろうか。
でもそういう素振りは全く見せないし、なんなら向こうから「嫁に行って家を出たんだから帰ってくるな、私の生活の邪魔をするな」とシャットアウトされてるのに、一体なんなんだ?



話の終わりに父が呟いた。
「でも、ばぁとはうまくやってるんだぜ…」

私は返事をせずちゃんこの汁を飲んで、聞こえなかったことにした。


ばぁがどれだけ我慢してるか知らないんだ。
なんで彼女がばぁとだけうまくやってるか、そんなこともわからないなんて…なんて男ってお気楽なのだろう。

先日祖母と電話した時に、笑いながらではあるが
「ほんとに出て行ってくれたらどんなにいいか」
と断言したのを、私はこの耳でしかと聞いている。

生活ぶりを聞くと、あの温厚で柔和な祖母がそう言うのも頷ける。当然だろう。家事全般、そして子供の面倒全般をすべて担っているのだから。更に家に金を一銭も入れない彼女は単なる穀潰しでしかない。しかもやたらと大食いだとか…。そして何より気性が荒く情緒不安定でいつも振り回されてばかりでは、やってられない気持ちにもなるだろう。



父としてはとても尊敬してたけど、まさかこんなにダメな男だったとは…。


私が結婚して家を出て彼女と付き合い始めてから、父の知らなかった側面が随分露呈している。あんなに生真面目で実直で潔癖で頑固な男が、女のせいでこんなにも情けなくなるものなのか。まぁもともとそうだったんだろう。私たちが大人になるまで父としての務めを全力で果たしてくれてよかった。それだけが救いだ。


なんて思っているうちに、ちゃんこを食べ終えお昼の休憩も終りに近づいた。


「まぁ、年末は帰るからね」

「うん、言っとく」

「(言っとくってなんだよと思いつつ)じゃあ(向こうが)嫌でも帰るからって言っといて」


と言い、別れた。娘は最後だけはちゃんとタッチしてバイバイ。父とタッチしたのは、初めてじゃないか?




ああ、疲れた。でも年末何が何でも帰る旨を伝えるという目的を果たせたので良かった。

祖母に会いたいのだ。
ただそれだけ。

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