東北を繋ぐ上野

ヤザワのコンサートの為に父が上京してきた。
上野に到着し、上野に泊まるとのことで娘と電車に乗り上野へ向かった。

娘は東京に来て初電車。東京に来るたびに乗っているから、ある程度慣れてはいるような気がする。
騒いだときのことを案じ、駅前のコンビニで水やお菓子などを買い込む。準備は万端。いざ、京王線新宿行きの電車へ。

混んでいて座れなかったが、調布駅ですぐ乗り換えたのでそれから先は座れた。それにしても各停と特急で電車をいちいち降りたりしなきゃいけないことを知らなかったので、随分と悩んだ。降りて正解だったので安心した。

新宿から山手線で上野まで。山手線は何度も乗っているのでさすがの私でも余裕があった。
飛田給からトータルで1時間弱かかったが、娘は概ね大人しくしてくれていた。電車が好きなので楽しかったのだと思う。


上野駅で父を待つ30分ほどの間、娘はあちこち駆け回り大喜び。
なんとか新幹線の改札まで連れて行き、待つ。故郷山形の観光PRポスターが沢山貼ってあって、駅の雰囲気もあって、とてつもない郷愁の想いに駆られた。上野駅というのは東北の人間にとって特別な場所なのだと思う。
  
独壇場で騒ぎまくっていた娘も、父の顔を見るなりピタリと動きを止め、暫くして泣き出した。いつ会ってもこうなのだ。どうしても父が苦手なのだ。怖いのだと思う。私もそうだった。男の人が苦手な気持ちはよくわかる。

父と、舎弟と、私と娘で宿泊先のホテルまで行きチェックインを済ませる。

駅でお茶でも、と歩いている途中で娘は寝てしまった。娘得意の強制シャットダウンだ。

父は何度も娘をあやし、写真を撮っていた。山形にいると普通に可愛がることができないから、思う存分可愛がりたかったのだろう。


ばかだなぁ。
相手さえ間違えなければ、こんなことにならなかったのにね。
普通のおじいちゃんと孫になれたのにね。



どこかでちょっとお茶でも、のつもりが、なかなかどうしてどこへ行っても混んでいる。麻布茶房、スタバ、タリーズ、レストラン、どこを回っても入れなかったので結局お茶は諦め、アメ横を歩くことにした。

修学旅行のときと、夫と一度来たことがあるが、たぶんちゃんと見て回ったのは初めてだった。思っていたより広く、人が多く、異国文化で溢れている。テレビで見たことがあるバナナやチョコレートの叩き売り、怪しい靴やカバンの店、安い服、雑貨、外国人、そんなもので溢れている。

メロンを食べた。串刺しのメロン。アメ横の名物なのだろうか、至る所にそれらはあった。メロン、パイン、いちご、だったか。
全く期待していなかったが予想に反してメロンは甘く、美味しかった。大勢の人が行き交う中、ゴミ箱を囲み串刺しのメロンを食べる3人。なんだか本当に外国に来たみたいだなぁと思った。

歩きながら食べ、食べ終えた串をどうしようかと辺りを見回していると、舎弟がスッとそれを受け取りどこかへ捨てに行った。ベビーカーも荷物もずっと持ってくれている。なんて気がきくのだろう。親父の中学時代からの後輩。とても寡黙で優しく真面目で良い人。私をお嬢様のように扱ってくれる不思議な人。一体何をしたらこんなにいつまでも親父にくっついていられるのだろうか。一体この二人に何があったのだろう。今では仕事の面倒まで見ているというのだから(父は身内やなんかを仕事で絡ませたくないという考えの持ち主)、まったく不思議だ。まぁ、どうでもいいのだけど。


それとなく言った「娘の靴が小さい」ということを気にして、娘に靴を買ってくれた。ニューバランス。猫も杓子もニューバランスのスニーカーを履いている昨今。娘に買ってあげたいなぁと思いつつ今日まできてしまっていたので、とても嬉しかった。
娘はベビーカーで寝ていたので、とてもスムーズに買うことができた。ラッキーにラッキーが重なったと言える。

「最近アンパンマンが好きすぎる」という話も気にして、アンパンマンのぬいぐるみを買ってくれた。


私が幼い頃、うちはとても貧しかったので最近の羽振りのいい父というのがすごく違和感がある。余計にありがたく感じる。


山形で待つ人にカバンを買っていた。オレンジ。派手だろう、とたしなめ黒や茶を薦めたが、地味だろう、と断られた。あんた、かつては黒い服やカバンや靴しか持ってなかったじゃないか。



一通り見て回り、高架下で写真を撮った。

みんなで山手線に乗り、二人は秋葉原で乗り換え水道橋へ。
去り際に「メシ代」と5千円をくれた。


あとで見てみたら、「誕生日だから」と娘宛にくれた封筒の中に5千円が入っていた。舎弟からも同じ。
父の封筒の中にもう一つ入っていたのは娘に対するメッセージが書かれた便箋。一歳になったときも郵便で同じように送ってくれたっけ。
メッセージの横には懐かしい、父が書いたドラえもんの絵。昔は「うまい!もっと書いて!」とよくせがんでいたのに、今見るとそうでもなかった。嬉しさと懐かしさと寂しさとなんだかいろんな感情が綯い交ぜになって、どうしようもない気持ちになった。


ばかだなぁ。
相手を間違えなければ、私たち、もっと普通の親子になれてたかもしれないのに。




目を覚ました娘は、アンパンマンを抱いて喜んでいた。靴が新しいものになっていることに気がついて、喜んでいた。
その顔、今度は見せてあげてよ。喜ぶよ。



そのまま恵比寿で降り、夫の実家へ。

次父に会えるのはいつだろう。わからないけど、きっとこんな風にはできないから、なんだかなぁと、思う。

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